ごあいさつ

代表取締役澤村正 このたびは株式会社澤村製作所のホームページをご覧いただきまして、誠にありがとうございます。私は代表取締役の澤村正です。お礼とごあいさつに代えまして、熊本県出身の私が遠く故郷を離れて茨城県石岡市にプラスチック成型工場を創業することになった経緯とこれまでの歩みをお話しさせていただきたいと思います。
 私は国立熊本高等専門学校の電気学科卒業後にモールス通信技師として船舶に乗り込み、無線長としていわゆる「世界の海を又にかける」ような生活を送っておりました。そして約10年間、高度経済成長期といわれた時代を船乗りとして年の大半を海の上で過ごしていたのです。しかし30歳を迎える頃に私の技術を欲しがってくださる企業が現れ、熱心なアプローチに根負けして陸に上がることを決意し、東京都内の商社へ転職しました。
 商社ではドイツのプラスチック成型機メーカーのサービスマンとして工具を持って全国のプラスチック成型工場を走りまわる日々を送りました。今でもちょっとしたメンテナンスは自分でやってしまった方が早いこということが少なくありません。
 その後にあるきっかけで、当時の得意先であった大手時計メーカーから「工場を創業してプラスチック成形品を納入してもらえないか」という話が私の下に舞い込んできました。元船乗りの私がまさか工場経営者になるなんてと突然降って湧いた様な話に散々悩みましたが、これも人生最大のチャンスと思い、1973年に33歳で従業員30名のプラスチック成型工場を創業することになりました。その際に工場用地として購入したのが家内の実家にほど近い茨城県石岡市だったのです。
 しかし、工場経営は必ずしも最初から順風満帆ではありませんでした。創業して「これから」という時期に起きたのが第四次中東戦争によるオイルショックでした。1970年の大阪万国博覧会の熱も冷めやらぬ時期に突然訪れた未曽有の不景気に為す術も無く倒産した同業者は少なくなかったと記憶しております。
 しかし、この危機をなんとか乗り切ることができると競争相手が少なくなっていたこともあり、取引はどんどん増えてゆきました。事業の拡大に伴い工場の増築と機械の増設を繰り返しましたが、新たに困ったのは人手不足の問題です。
 そこで1974年に設立された国際協力事業団(現:独立行政法人国際協力機構=JICA)を通して外国人研修生の受け入れを開始しることにしました。インドネシア、タイ、中国、ネパール、パキスタン、スリランカなどの当時の発展途上国から研修生を招き入れ、国際援助の名の下に優秀な日本のプラスチック成型の技術や知識を身につけていただくという国と企業と個人の利害が一致した素晴らしい事業です。弊社で受け入れた研修生は延300名を超えました。彼らは彼らの国の将来を背負って研修生となった行政官や技術者及び研究者であり、志のある若くてとても優秀な方々です。パキスタンから東京大学に留学中されながら研修を受けていた方は帰国後に母国の外務省職員になられたそうです。また中国からつくば大学へ留学していた学生も研修生としてたくさん受け入れましたが、現在彼らも母国で重要なポジションに就いているという嬉しい報告をいただいております。中には日本人顔負けの高度な技術を習得された方々もいて、研修とはいえ規定の3年で帰国してしまうのが非常に惜しまれる様な方も少なくありません。この研修生受けれ事業は現在も継続しております。
 このようにして創業からこれまでには、前出のオイルショックだけでなくバブル崩壊やリーマンショックなど幾度か経営を脅かす危機がありましたが、なんとか続けてこれたのは創業以来私が技術者として貫き通してきた品質に対するこだわりだと思っております。外国から来ている研修生に一番伝えなければならなかったのもその点でした。
 今でこそ日本のものづくりの精神がアジアのあちこちに広がり、逆に日本の産業を脅かす事態になっておりますが、いずれ賃金の格差が無くなればやがてまたメイドインジャパンへの期待とニーズが戻ってくると考えています。そのことは母国に戻られた研修生の皆さんが一番よく理解しているはずです。
 これまで弊社を支えてくださいました取引先をはじめ、関係各位の皆様、外国人研修生の皆さん、苦楽を共にした従業員の皆さん、そして一番辛い時に支えてくれた私の家族に感謝の意を表して挨拶のことばに代えさせていただきます。どうかこれからもご指導ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。ありがとうございました。

代表取締役 澤村 正